
なんというか、名場面なのに申し訳ない・・・。
アメリカ’53
監督:ジョージ・スティーヴンス
原作:ジャック・シェーファー
★西部劇
ワイオミングの高原地帯。ジョーが営む小さな牧場で、旅人シェーンが手伝いを始めた。幼い息子ジョーイは彼に懐き、ずっと居てほしいと頼む。だが、入植者たちを追い出そうとする牧畜業者ライカーは、彼の存在を快く思わず・・・。
「シェーン、カムバーック!」の場面だけは何度も見かけたこの作品を、ついに鑑賞しました!
西部劇なのに優しさに溢れ、それでいて”銃”の怖さというものがしっかり描かれていて、多くのひとに愛されてきた理由がよくわかります。
また、銃を捨てようとしたシェーンが再び銃を手にする過程や、奥さんとの淡い恋心など、感情の機微も丁寧に描かれています。少年の空気読めなさ加減にはわざとらしさを感じてしまったんですが、シェーンにべったりな様子からは友達が出来た嬉しさが伝わってきて、なおさら最後の別れのシーンが切なくなってきました。
驚いたのは、悪役であるライカーの言い分が割りとまともだったということ。
彼のやり方は汚いけれど、”入植者が畑に水を引いたせいで小川が枯れ、牛を移動させなければならなくなった”というのが本当なら、皆で話し合って解決しなければならない事ですよね。
まあ、話し合いに応じなかったのもライカーなんでしょうけど、もし話し合っても折り合いがつくことじゃなかったとしたら、国家に保護されている農民に追い出されるのは目に見えていたのかも・・・。
実際1876年頃から”有刺鉄線”が普及し、牧畜業者は敗れ去ったそうです。
う〜ん、いろいろ考えさせられる作品だ・・・。
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イタリア’66
監督:セルジオ・レオーネ
西部劇
お尋ね者トゥコと組み賞金を騙し取っていたブロンディは、見切りをつけて彼を砂漠に置き去りにした。怒ったトゥコが砂漠で彼を痛めつけていると、20万ドル隠したという瀕死の兵士と出会う。彼らは隠した墓地と墓石の名前を別々に聞き・・・。
相手の情報と併せなければ金貨が手に入らないということで、仕方なく組んだ”善玉”ブロンディと”卑劣漢”トゥコ”。そして、別情報で金貨のことを知った”悪玉”エンジェル・アイとの金貨争奪戦です。
記憶に残ったシーンを挙げると、ふたりのエセ友情劇場とか、橋を守って兵士たちが無駄死にするのを嘆く大尉のために橋を爆破するシーンとか、瀕死の兵士に葉巻と上着を与えるブロンディとか、ポンチョ姿が恰好良すぎのブロンディとか、抜け駆けするトゥコを黙って砲撃するブロンディとか、墓場をはしゃぎ回るトゥコとか、ラストの三つ巴の決闘とか(多すぎ!)・・・なんだかブロンディとトゥコのシーンばかり思い浮かびます。
というか、”悪玉”であるエンジェル・アイの存在がかすむ位に、ブロンディが悪どい奴だったような。
・・・まあ、恰好イイから良いんですけどね!
好きなシーンは沢山あるんですが、西部劇にしては長くて途中気が逸れてしまうこともありました。あと、タイトルはどうにかならないのか・・・。

フランス/イギリス’67
監督:フィリップ・ド・ブロカ
★コメディ/戦争
第一次世界大戦下フランス。英軍を街ごと爆破するため、独軍は街に時限爆弾を仕掛けた。フランス語が堪能な伝令兵プランピックが爆弾撤去に向かうが、街は避難した住人の代わりに逃げ出した精神病患者で溢れていて・・・。
爆薬の知識も持たない通信兵が決死の覚悟で任務につくが、街は病院から抜け出した患者たちが思い思いの”役”を演じて、愉快で楽しいまぼろしの日常をつくりあげていた・・・というお話。
敵兵の目を誤魔化すため”ハートの王”と名乗り患者を装ったことや、病棟の鍵の閉め忘れで始まったことなのに、主人公は街の人々が患者だとしばらく気付きません。彼らに”ハートの王”に祭り上げられて初めて気付くんですが、すでに間違った伝令を送ったあと。そのせいで、このファンタスティックな空間に軍人たちが入り込んできます。
サーカスの動物たちが歩き回り、患者たちは好きな自分になって遊び、ハートの王の婚約者は綱渡りで会いにくる・・・。そんな夢の世界の”王”であり、殺伐とした世界の”軍人”でもある主人公は、しだいに患者たちの側に溶け込み、”外の世界”がいかに狂っているかに気付きます。
主人公と街の外に逃げるのを拒むシーンや、イギリス軍の到着をみて”たっぷり遊んだからもう帰ろう”と病院へ戻っていくシーンはなんとも物悲しく、楽しく優しさに包まれたカーニバルが終わってしまったのだと痛感させられました。
ラストの主人公の決断にはほっとするものの、そこにしか救いがないというのが切ないです。

チェコ’59
監督:イジー・トルンカ
原作:ウィリアム・シェークスピア
★アート
妖精の女王ティターニアを振り向かせるため、森の王オーベロンはいたずら者の妖精パックに”一目見た者を好きになる魔法の花”を取りに行かせた。その頃、婚礼の準備で賑わう町から、恋に悩む4人の男女と素人劇団が森にやってくる。
小学校の頃いちど読んだきりの「真夏の夜の夢」に、トルンカの人形アニメで再びまみえる事となりました。前回観た「チェコの古代伝説」と比べると入り込みやすいんですが、喜劇というよりは幻想的な世界を楽しむ芸術作品という感じです。町のこじんまりした様子から、森の妖精たちが舞い踊る夢のような場面に移ったときは世界が変わったようでした。
気になったのは、オーベロンとティターニアが私の覚えているのと違うんですよね。私の記憶ではこの2人夫婦だった気がするんですが、こちらではオーベロンが言い寄っているだけのように見えるし、魔法の花を使う理由も振られた腹いせのようでした。(器ちいせぇ・・・)しかも、最後は花を使って自分に惚れさせて・・・。彼が最低な男になっていて、最後まで幻想的な雰囲気に浸れなかったのがちょっと残念。
この後、朝を迎えて恋人たちは町へ戻り、素人劇団が劇を披露します。
人形たちがライオンや恋人たちの前に立ちふさがる壁の扮装をしたり、丸顔のおじさんがランタンで顔を照らして月を演じていたり、不思議な感じで可愛らしいんですよね。
妖精たちがつくりだす世界と、人間のつくりだす世界の二つを楽しめたと思います。

トレイシーの妹が面白可愛い。
アメリカ’40
監督:ジョージ・キューカー
原作:フィリップ・バリー
コメディ/ドラマ
結婚を控えたフィラデルフィアの名門家令嬢トレイシー。2年前に彼女と喧嘩別れしたデクスターは、友人と偽った雑誌記者コナーらと屋敷に乗り込む。トレイシーはすぐさまそれを見破るが、彼女に未練があるデクスターは簡単には引き下がらず・・・。
上流階級の恋愛コメディで、冒頭の無声の喧嘩シーンはインパクトがありました。なんせ令嬢であるはずのトレイシーが、憎々しげにデクスターのゴルフクラブをへし折ってしまうんですから(笑)
これは期待出来るかなと思い、トレイシーがデクスターたちの思惑を見破ったり、”不倫で父が不在”なのを誤魔化そうと家族で大仰な芝居をしたりするのを楽しんで観ていたんですが、だんだん何がしたいのか分からなくなりついていけなくなってしまいました。ちょっと、私の好みとは違ったようです。
↓以下ネタバレ
この後、デクスターに”君は女神の様だけど寛容さに欠ける”と言われ、父親には”娘が優しければ男は浮気なんてしない”などと言われ(なんじゃそりゃ!?)、トレイシーは凹んで酒を煽ります。そして、泥酔してコナーといちゃいちゃしていたところを目撃され、結婚はご破算。コナーに(彼の恋人の前で)プロポーズされるもきっぱり断り、結婚式に来てくれたひとに悪いからと以前出来なかったデクスターとの結婚式を挙げるのでした・・・。
最後の怒涛の展開にはついていけないというか、本当にそれでいいの?と首を傾げてしまいました。デクスターとトレイシーは仲良くやっていけるかもしれないけど、振られたコナーが戻って嬉しそうにしていた恋人さんが理解不能です。トレイシーの父親に、コナーの浮気癖がどこからくるものなのかぜひ説明していただきたい。
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アメリカ’58
監督:ジョン・スタージェス
原作:アーネスト・ヘミングウェイ
ドラマ
メキシコ湾での漁を生業とする老人がいた。この80日間というもの魚は獲れず、老人を慕っていた少年も父親の言いつけで別の舟に乗っていた。85日目、大物の予感に舟を出した老人は、沖合いで確かな手ごたえを感じる。
原作は一度しか読んでませんが、老人の生き様が忠実に描かれていたと思います。
ほとんどが老人の独白で構成されているのに、その力強さにぐいぐいと引き込まれます。彼の表情が深い味わいを持っていて、思い描いていたイメージがそのまま抜け出てきたようでした。
カジキが初めて姿を見せたシーンでは、あからさまな合成だったものの老人への感情移入も手伝って興奮しました。捕まえて舟の横につないだカジキはぷかぷか浮いてしまうような偽物ですが、襲ってきたサメは本物を使っているらしく、(可哀想だけど)迫力があります。
少年との交流も心温まるもので、海に出てから「あの子がいれば・・・」と何度も呟く老人の姿や、「運に見放された」とこぼす老人に「運は僕が持っていくよ」とまた一緒にいくことを約束するシーンに、2人の確かな絆を感じました。
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アメリカ/イタリア’57
監督:ヘンリー・ハサウェイ
★アドベンチャー/ロマンス
仏領スーダンの町。裕福な旅行者ポールが、喧嘩で留置場に入れられていたジョーを案内人に砂漠へ出る。後から追って来た娼婦ディタを加え、彼らは10年前にポールの父親が見つけたという”消えた都”を目指す。
襲ってくる悪の組織がいるわけでもなく、匠の技が光るトラップが待ち構えているわけでもなく、砂漠の渇きや人間の弱い心とたたかう地味〜なロマンティック・アドベンチャーでした。
登場人物も少なく、消息不明になった父親の志を継ぎ、消えた都の宝を見つけて世の中のために使おうと張り切る、紳士的な青年ポール。彼の財布をすり捕まりそうになるが、彼に助けられ生き方を変えようとする町の娼婦ディタ。案内人として雇われ、顔なじみのディタがポールに好意的な事に焼きもちを焼くジョーの三人くらいしかいません。
広大で美しい砂漠を彼らは突き進み、毒虫や砂嵐からディタを守るうちにポールは彼女に惹かれ始め、それが気に入らないジョーは何かと宝探しを諦めさせようとします。衝突を繰り返しながらついに遺跡に辿り着き、3人の心も一度はひとつに纏まるものの、あるものを見つけた事でポールは打ちひしがれてしまうのでした。
はっきり言って、ここまで観れば誰でも先が読めるような分かりやすい展開ですが、それでも彼らの変わりようは楽しめます。
派手さが全くなくてもアドベンチャーとして成り立つものなんだと妙に感心してしまいました。
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フランス’05
監督:リュック・ジャケ
★ドキュメンタリー
冬間近の南極大陸。皇帝ペンギンたちが海から100km離れたオアモックへ辿り着いた。産卵を終えたメスはエサを求め海へと旅立ち、メスが戻るまでの120日間、オスは仲間と寄り添い−40度の寒さに耐えながら卵を守り続ける。
動物好きにはたまらない作品。
ヒナが孵ってからはにまにましっぱなしでした。(キモいな、自分)
南極の一面氷の世界も美しく、この地で生きることの厳しさに比例するかのようです。
そんな厳しい世界で生きる皇帝ペンギンたちが、仲間同士協力し合い、夫婦で支えあいながら新しい命を育む姿が描かれます。(たった3人で撮影したとか!)
彼らの徹底された集団行動には驚かされることが多く、人間もこれくらい厳しい環境で暮すことになったら同じ様に協力し合えるだろうかと考え込んでしまいました。
寒さに対抗するため密集し、内側と外側のペンギンが順々に整然と入れ替わっていくこと。冬の間ブリザードに耐え、やっと卵を産むと、オスが卵を預り体力のないメスが先にエサをとりに行くこと。本能による行動なのだとしても、彼らの生き方は美しく、惹きつけられます。
子供を失ったメスが他のメスの子供を奪おうとすることもあるようですが、最終的には群れを外敵から守る側に回るというのも感動的。
ただ、ナレーションの他にペンギン親子の心の声がセリフとして入るのは、嫌という程ではないにしろ余計な気がします。観る人の想像力に任せてよかったんじゃないかなぁ・・・。

アメリカ’55
監督:オットー・プレミンジャー
原作:ネルソン・アルグレン
★ドラマ/サスペンス
麻薬中毒で半年の療養所生活を終えたフランキー。彼はドラマーとして人生をやり直そうとするが、ディーラーの腕を買う胴元や売人ルイ、彼を繋ぎ止めるため立てない振りをする妻ゾシュらが邪魔をする。彼の味方は愛人モリーだけだった。
「黄金の腕」というタイトルやドラマーを目指している事から、裕次郎的な青春ドラマなのかと思いきや、薬物依存症を取り上げた真面目な人間ドラマでした。タイトルはディーラーのほうにかかってるんですね。
なんでも、当時タブーだった”麻薬”を題材にしたせいで検閲に引っかかったとか。薬物乱用に対する注意を喚起する内容だと思うんですが、何がどうタブーなのかよく分かりません。マフィアの圧力でもあったんでしょうか?
それはさておき、この作品を観て一番に思い出したのがアルコール依存症を扱った「失われた週末」です。酒と麻薬じゃレベルが違う気がしてたんですが、当事者にしてみればどちらでもさして変わらない事に気付きました。いちど嵌ってしまえば、独りでその地獄から抜け出すことはできないんですよね。
ですが、周りの人間に支えられていた「失われた週末」とは違い、こちらは悪意を持った人間たちが、一度は立ち直った彼を追いつめていきます。
中でも強烈なのが彼の妻ゾシュ。
登場シーンでは”半年振りの夫の帰りに喜ぶ健気な妻”といった様子でしたが、彼がドラマーになると言い出した途端に表情を曇らせます。彼女にとって堅気かどうかに意味などなく、”今まで通り”であることが重要でした。
その理由は、夫の浮気に気付き”立てない振り”を続ける彼女にとって、一番大切なのが現状維持だからなんですよね。たぶん。
ですから、麻薬に対しても、「お金を持っていかれるのは困るけど・・・」程度の関心しかありませんし、逮捕や入院で離れ離れになる可能性があることなんて(今のところ)頭にありません。
彼女の頭にあったのは、「とにかく今まで通りにしていれば、夫が愛人と去ることはない」ということだけだったように思えます。
こうやって書いてみるとずいぶん自分勝手な女に見えますが、元はといえば主人公が悪いんですよね。飲酒運転で彼女に重傷を負わせ、覚悟も無いのに結婚し、彼女と向き合えず愛人をつくり、そのうえ麻薬に手を出して・・・。きっと、ディーラーになったのも、イカサマをする様になったのも、悪い仲間とつるんでいて”なんとなく”だったんじゃないでしょうか?
彼の弱さに振り回されてあんなふうになってしまったかと思うと、彼女が少し哀れに思えます。

チェコスロヴァキア’52
監督:イジー・トルンカ
原作:アロイス・イラーセク
歴史劇/ファンタジー
チェフによってプルタバの湖畔に辿り着いた人々がいた。彼らは木を倒し、家を造り、農耕を始め、その地に根付いていった。その地はチェフの名にあやかって”チェヒ”と名付けられ、彼の死後リプシェという女性が国を治める。だが、やがて彼らのなかに女性の支配者を望まないものが現れ・・・。
人形アニメ大国チェコの巨匠イジー・トルンカの作品です。
この前の「バヤヤ」がわたし好みだったので楽しみにしていたんですが、今回は歴史劇なうえ説明がほとんどなく、あまりストーリーを楽しむ事が出来ませんでした。
解説を調べてみたところ、建国の歴史を6つのエピソードで描いていたらしく、思い返してもどこからどこまでが一つのエピソードだったのかすら判別できない始末。人間でさえ見分けられない時があるのに、沢山の人形が登場して名前をほぼ呼ばないのはキツいです。チェコの歴史に詳しい人じゃないと、一回で理解するのは難しいかも。
とはいえ映像の美しさは相変わらずで、恋人たちが森で夢のようなひと時(ひざ枕でいちゃいちゃ)を過ごすシーンや、湖での描写は目を見張るほど。youtubeあたりで”jiri trnka”と検索すると幾らでもでてくるようなので、気になる方はそちらでどうぞ。(面倒臭がりでスミマセン) 元々セリフがほとんどないので、言葉が分からなくても問題ないと思います。
トルンカ作品は三つしか観てませんが、「飛び立つ鳥」「芽吹く植物」「音楽とダンス」がよく出てくるんですよね。
・・・何か意味があるんでしょうか?
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